子供の頃から30代現在までの私のアトピー歴【自己紹介代わりに】

赤ちゃんの頃から30代の現在まで、私のアトピーの症状がどんな変化を遂げてきたのか、何がきっかけでアトピーが再発・悪化したのか、ステロイド使用歴などを、自己紹介代わりにまとめてみました。

まだアトピーがあまりひどくなかった20歳ごろまでの話

アレルギー持ちでない親から生まれた私

私は1982年の冬に生まれました。母の話を聞くと、私がアトピーと初めて診断されたのは、生後かなり早い段階だったようです。おそらく1歳未満だと思われます(このころ、ステロイドを塗っていたのかどうかは不明)。

ちなみに両親は、アトピーやアレルギー持ちではありません。ただ、アトピーの赤ちゃんが生まれやすい環境だったことは確かです。

父親はかなりのヘビースモーカーで、家の中でガンガンタバコを吸いまくっていましたし、母親は私を出産する直前まで、タバコの煙ムンムンの職場で働いていました。つまり母は妊娠中、職場でも家でもずーっとタバコの副流煙を吸っていたことになります。

妊娠中の受動喫煙によって、生まれてきた赤ちゃんがアトピーになるリスクは上がるということはわかっています。

また、母によると、妊娠中は食事にもほとんど気を使っていなかったようで、朝はパンにマーガリン、夜は買った惣菜のコロッケとかをよく食べていたようです。

ちなみに母は赤ちゃんの私を連れてベビースイミングにも通っていました。ベビースイミングとは、0~3歳ぐらいの赤ちゃんとお母さんが一緒にプールに入って水を使って遊んだりする習い事です。

プールの塩素は肌に悪いと思うのですが、ベビースイミングに通っていたということは、それほど症状がひどくなかったのか、ステロイドなどの薬で抑えていたのか、その点はわかりません。

食物アレルギーは特にありませんでした。病院の検査ではイカに反応が出ていましたが、食べてもなんともなかったので、普通に食べていました。

典型的小児アトピーだった保育園~小学生時代

この頃は、ひじの内側やひざの内側など、典型的な場所にアトピーが出ていた記憶があります。そしてステロイド(リンデロン)を塗って症状を抑えていました。

さらに、アトピーであるにもかかわらず、ベビースイミングから続けて保育園・小学生時代もずっと、プール教室に通っていました。

決して水泳が好きだったわけありません。親がただやらせていただけです。そのため、こんなに小さいころからプールに通っていた割には、たいして泳げませんし、大人になった今でも水に入るのが苦手で、プールや海に行きたいとも思いません。

また小学生時代は、アレルギー性結膜炎で毎年学校の検査に引っかかり、眼科に行っていました。物心ついたころから、ずっと目がかゆく、よくこすっていた気がします。

小学3年生の時に、学校の背骨の検査で引っかかり、大病院に行きました。そこで「脊柱側弯症(せきちゅうそくわんしょう)」と診断されました。脊柱側弯症とは、背骨が横に曲がりねじれる病気で、原因もよくわかっていません。

脊柱側弯症は、症状がひどい場合は手術となるのですが、私の場合は手術するほどでもなく、これ以上背骨が曲がって成長しないように、夜寝るときだけコルセットをつけるという治療法をすすめられました。コルセットは成長がとまる中学生ぐらいまでずっと夜の間のみつけ続けていました。

ただ、脊柱側弯症で一度曲がった背骨は自然にまっすぐに治ることはないので、大人になった今でも私の背骨は曲がったままです。実は背骨のゆがみとアトピーとの関係についても、いろいろな専門家が指摘していて、とても気になるところです。

ほとんど症状が出なかった中学生・高校時代

このころは、私の人生で一番アトピーの症状が治まっていた時期だと思います。

ただ、症状がまったくなかったわけではなく、鼻の下のみがいつもガサガサして赤く、かゆくなっていました。くちびる周辺も敏感で、食事中に醤油などがつくとすぐにかゆくなっていました。くちびるはいつも乾燥して荒れがちで、リップクリームが手放せませんでした。このころは特に病院にもいかずステロイドも塗っていません。

大人アトピーの前兆?が現れた大学入学時

1年浪人したのち希望の大学に合格し、3月には一人暮らしをするための準備に追われていました。ちょうどそのころ、目の周辺が赤くなり、アトピーっぽい症状が出てきました。知らない土地での初めての一人暮らしを前にして、思っていた以上にストレスがかかっていたのかもしれません。

小さいころからお世話になっている、近所のかかりつけの医者に行きました。そこは内科が専門ですが、看板に皮膚科という表示も掲げてあったため、この皮膚の症状も見てもらえるのではないかと思って行ってみたのです。

そこで処方されたのは、ネリゾナユニバーサルクリーム。ベリーストロングクラスのステロイド剤です。顔の、しかも目の周りの症状にこの薬が処方されました。

顔に塗るステロイドとしては、もっと弱いレベルのステロイド(ロコイドとか)が一般的ではないでしょうか。いきなりネリゾナユニバーサルクリームは強すぎです。さらに、そんな強いステロイドを目の周りに塗るのはリスクがありすぎます。

現在の私ならこの薬が処方されても危険を感じて塗らないのですが、当時の私はステロイドに対する知識がほとんどなかったので、処方されたその強いステロイド剤を目の周りや顔に塗りました。

今思えば、あのとき安易にあの病院に行ったのは間違いでした。小さいころからずっと診てもらっていたかかりつけ医ではあるものの、かなりの高齢のおじいちゃん先生で皮膚科専門医でもありません。適切な処方がされなくて当然なのかもしれません。

その病院から帰るとき、「ちゃんと皮膚科専門の病院に行った方がいいですよ」と看護師さんが心配そうな顔で言いました。きっと、いきなりこんな強いステロイドを顔や目の周りに塗るのはよくないと感じ、心配してくれたのでしょう。

大学に入学前から入学後しばらくの間も、時々目の周りや顔が赤くなることがあったので、そのたびにそのステロイドを塗っていました。そして新しい生活に慣れるにしたがって、その症状は出なくなっていきました。

本格的にアトピーが再発した20歳以降の話

アトピー再発のきっかけは抗うつ剤

大学入学の際に出た目の周りの赤みは、ほんの前触れにすぎず、ここからが本格的な大人アトピー発症のお話です。

私のアトピーが本格的に表れたのはちょうど20歳のころ。きっかけは、抗うつ剤剤の服用です。抗うつ剤を飲み始めてからすぐに皮膚症状が出だしたので、この薬の影響であることは間違いないと思っています。

当時いろいろと心の問題を抱えていた私は、毎日泣いてばかりで完全にうつ状態でした。薬は飲みたくなかったのですが、とにかく自殺衝動がひどく、このままだと本当に死んでしまうと思い、病院に行きました。

体験したことのない人にはわからないでしょうが、自殺衝動というのはとても理性でコントロールできるものではありません。「死んじゃダメだし、死にたくない」という気持ちがあるにも関わらず、どこからともなくもう一人の私が出てきて、しつこく死をすすめてくる、そんなイメージです。

病院に行って処方された抗うつ剤を飲み始めたら、顔が真っ赤になり、腕などもガサガサしてアトピーっぽい症状が出てきました。

次の診察時に先生にそのことを話したら、薬が合わないのかもしれない、とのことで、別の種類の抗うつ剤(ルボックス)を処方してもらいました。薬を変えると、顔の赤みはおさまりました。やはり最初に飲んだ薬の影響で顔の赤みが出ていたようです。

薬の変更で顔の赤みは治まったものの、なんとなく顔や腕のガサガサした感じは続いていていました。そしてこの時以降、私は10年以上にわたってずっとアトピーと付き合うことになるのです。

ステロイド、プロトピックを使い始める

うつ病はよくなり、抗うつ剤を飲むのをやめたのですが、アトピーが治る気配はありません。薬を飲み始めたのがきっかけでアトピーが出たのだから、飲むのをやめれば治るかもしれないとひそかに期待していたのですが、見事に裏切られました。

それどころか、初めは軽いガサガサだけだったアトピーは、少しずつその強さを増していきました。この時の症状の中心は、顔と首でした。

ネットでアトピー治療に力を入れている近場の病院を調べ、そこに通い初めました。その病院では、ステロイド、プロトピック、飲み薬として漢方薬を使った治療をうけました。

その病院で治療を始めると、今までほぼ顔と首だけだったアトピーが全身に広がるようになりました。ステロイドの影響なのか漢方薬の影響なのかは不明です。

腕や足にもボツボツしたかゆい湿疹ができ、常にどこかしらがかゆく、シーツも血で汚れるようになりました。

ステロイド、プロトピック、漢方薬の治療をしばらく続けましたが、よくなる気配はなく、この病院の治療に疑問を持つようになり、これらの薬を使うのをやめました。

薬をやめると、さらにアトピーは悪化しました(今振り返ると、これはリバウンドですね)。

目の周り、おでこ、首の症状が特にひどかったです。じゅくじゅくただれ、汁が出てきました。顔は、全体が赤いわけではなく、目の下に境界線があってそこから上が真っ赤で、それよりも下は普通の皮膚の色だったので、とても奇妙な顔でした。

見た目がとても気になりましたが、がんばって大学には通っていました。周りの人たちが特に何も言わず大人な対応をしてくれたので、嫌な思いをすることなく大学に通い続けられました。

ただ、この状態で帰省すると両親にはかなり怒られました。そして無理やり病院に連れて行かれ、ステロイドを塗られました。

その後も、帰省するたび、電話で話すたび、両親にアトピーのことをいろいろ言われ、本当に苦痛でした。親に対するストレスで、帰省するたび、電話で話すたびに具合が悪くなるようになりました。

ハリ治療で改善したものの、うつ病再発

ステロイドを使わずアトピーを治す方法をネットで色々と調べていたとき、口コミでアトピーに効くと話題のハリ治療院が同じ市内にあることを知り、通い始めました。

そこは普通のハリ治療のほか、剣山のようなもので患部をたたいて血を出すいわゆる瀉血療法をやっていました。とても痛かったですが、週1ペースで通いました。そこに通うたび、顔や首の症状は少しずつ治まっていき、周りの人にも「よくなったね」と言われるようになりました。

そこの先生には、肌には薬も保湿剤も塗らないようにと言われましたが、保湿剤をやめるのはどうしても耐えられず、保湿剤だけは少し塗っていました。

ちょうどそのころ(22歳、大学3年時)、大学では研究室に入り卒論作成に向けての本格的な研究をし始めたのですが、そこがブラック企業も顔負けのブラック研究室でした。毎日の長時間労働・激務で、休みもほとんど取れませんでした。

食生活も乱れましたし、とにかく多忙でストレス解消をする時間もなく、精神的に追い詰められていきました。そして大学4年生の時、再びうつ病が再発してしまったのです。

これ以上このブラック研究室にはいられないと思い、大学院進学が決まっていたのですが辞退し、大学を休学して療養することにしました。そして、精神状態が少し落ち着いてから、ぼちぼちと就職活動を始めました。

心療内科に通い抗うつ剤を飲みながら就職活動をしていて、ストレスもあったのですが、なぜかそれほどアトピーは悪化せず、ステロイドなしで乗り切りました。

ステロイドを時々使う生活の会社員時代

やがて某メーカーの技術職に就職が決まり、24歳の4月から働き始めました。大学時代と同様、実家から離れての一人暮らしです。このころはアトピー症状はあまりひどくなく、比較的楽しい日々を過ごしていました。

しかし、入社して半年ほど経ったとき、急に両腕の内側に湿疹ができはじめました。かゆみはなかったのですが、じゅくじゅくして汁がたくさん出てきました。

近所の皮膚科に行ったところ、「ストレスが原因の貨幣状湿疹」と診断され、ステロイドを出されました。貨幣状湿疹は、ステロイドを塗るとすぐに治まりました。この時は特にリバウンドらしきものはなかったです。

その後、会社で働いている間はアトピーは悪化したり落ち着いたりを繰り返しました。特に症状がひどかったのは、顔、首、腕、手首でした。悪化したときは、汁が出てじゅくじゅくになり、かゆみで夜もあまり眠れませんでした。

ステロイドはなるべく使いたくなかったですが、どうしても耐えられないときは、近所の皮膚科に行って処方してもらい、短期間だけ使ったりしていました。

さらにこのころは、咳喘息も何度か発症し、吸入ステロイドを使っていました。

会社を辞めてから、アトピーと真剣に向き合う

27歳のころ、結婚が決まりました。このころ、大学時代からずっと飲み続けていた抗うつ剤の断薬に成功、そして結婚と同時に仕事を辞めました。抗うつ剤も仕事も辞めて環境が変わったら、アトピーが治るんじゃないのかと少し期待していたのですが、そううまくはいきませんでした。

遠方のアトピー治療に力を入れている病院やハリ治療に通ったりしましたが、思うような結果は出ず、相変わらずアトピーは良くなったり悪くなったりを繰り返し、ひどい不眠症も続いていました。

会社を辞めてしばらくして、心に余裕ができると、真剣にアトピーに向き合い治療に取り組むようになりました。

アトピーを治したいという気持ちはあったものの、これまで真剣にアトピーに向き合ってこなかった気がします。自分アトピーを治してくれる医者や魔法の治療法を探してさまよっていたというか。自分の声をあまり聞いこなかったように思います。

アトピー治療で有名な医者の勧める通りにやってみたり、アトピー本に書いてある通りにやってみたり、アトピーが治ったというブログを見てその通りにやってみたり。それでも、アトピーはなかなかよくならず、失望だけが積み重なっていきます。

誰かがこの方法で治ったからといって、同じ方法で自分も治るわけじゃない。アトピーは自分の体の声をちゃんと聞いて、自分で治すしかない。

そう思うようになりました。

試行錯誤の食事改善と、移動するアトピー

自分で治すと決心してから、食事にかなり気を遣うようになりました。今までも食事に気を使ってなかったわけではないのですが、せいぜい添加物を避け、バランスの取れた和食を心掛けていただけで、それほど徹底した食事制限はしたことがなかったです。

世の中でアトピーにいいと言われている様々な食事法を試してみました。肉断ち、油断ち、菜食、グルテンフリー、糖質制限、高たんぱく低炭水化物、半日断食、無農薬野菜、青汁などの健康食品、サプリメント摂取、などなど。

そして、毎日食事記録をつけて、どんな食べ物を食べると肌の調子が良くなるのか、逆にかゆくなるのか、分析しました。その結果、何を食べたら調子がよくて何を食べたらかゆくなるのかが、わかるようになってきました。世間一般に体にいいと思われているような食事でも、意外にもかゆみが増すということもわかりました。

このように試行錯誤しながら自分に合う食事を探す過程で、アトピーの症状の出る場所が少しずつ移動してきました。顔や首に出ていたアトピーは少しずつ消えていき、腕や手首に出ていたアトピーは手の先の方に少しずつ移動してきました。今までどんなにアトピーがひどくても、手にだけは症状が出ていなかったのに、です。

アトピーは治る過程で症状が体の中心部から末端に移動するという話を、いくつかの本で読んだことがあります。私はこのアトピーの移動を良い兆候だととらえています。

ただ、手のアトピーを抱えながらの毎日の家事(特に料理)はとてもつらいものがありました。もちろん手袋は必須なのですが、手袋をはめたり指を動かすこと自体が痛くてつらく、泣きながら料理をしたこともあります。

35歳現在の状況

2018年35歳現在の症状はというと、残念ながらアトピーはまだ治ってはいません。今、症状が出ているのは手と指が中心です。手首と腕にも少し症状はあります。20代の頃ひどかった顔や首は、ほぼ普通の肌になっています。

手と腕は、ガサガサして皮がめくれたりしますが、かゆみはあまり感じません。1日1回かゆくなるかならないかというぐらいです。ただ、合わないものを食べると途端にかゆくなります。

毎年どうしても悪化する季節もあるのですが(私の場合、特に6~7月の梅雨の時期)、それでも年々症状は楽になってきています。ステロイドも使っていません。かゆみも少ないため、夜も眠れるようになりました。

簡単には完治しないアトピーですが、これからも試行錯誤を繰り返しながらアトピー完治を目指していくつもりです。